地方自治体のEV普及戦略(2024年版)

— EV充電インフラ整備ガイドライン

Web 概要版(2024年10月31日)
はじめに
本ガイドラインの目的
要旨
用語の定義
EV普及に向けた自治体の役割
EV充電インフラ整備での自治体の役割
海外からの教訓

はじめに

いま自動車の分野は、100年前の馬車から自動車への移行時と同様の大変革期を迎えています。ガソリンエンジンから電気自動車(EV)への移行が進むとともに、ソフトウェアによる統合・制御がスマートフォンのように進化し、さらにAIによる自動運転も視野に入る「100年に一度のモビリティ革命」が急速に進んでいます。このEVへの大転換は、気候危機への対応にとどまらず、石油消費の抑制やユーザーの経済的なメリット、そして技術進展による性能向上とコスト低下が持続的に進むことから、EVの普及は確実と見られています。

しかし、日本はEV普及面でも自動車会社各社のEV化への取り組みも、世界の状況に比べると遅れをとっています。その原因の一つに、充電環境整備の取り組みの遅れなどがあります。また、メディアを含む情報発信も不十分な上に必ずしも適切とは言えず、多くの国民がEVに対して、誤解や不安を抱いていることも挙げられます。それらが負のスパイラルとなり、いっそうEV転換を遅らせている側面が見られます。

こうした状況の中、地方自治体の役割は極めて重要です。充電インフラの整備、住民への電気自動車の普及啓発、自治体による率先したEV導入など、積極的に政策を推進することでEVの普及を進めることができます。

EVの普及は、ガソリン購入など地域外に流れるお金を減少させ、地産地消の再生可能エネルギーを利用すれば、さらに地域経済に貢献できます。地域企業の排出削減を支援したり、環境に配慮する観光客を呼び込む効果も期待できます。また、地域の環境負荷を減らし、大気汚染の抑制や温室効果ガスの排出削減にも貢献します。給電に対応するEVであれば、災害時の非常用電源としても利用可能です。充電インフラの整備は地域経済の活性化にもつながります。将来的には自動運転技術の導入により、交通事故の減少や高齢者・障がい者の移動手段確保など、社会全体に大きなメリットをもたらします。EVの普及は、気候政策や大気汚染防止などの環境政策にとどまらず、都市計画や道路計画、公共交通など多岐にわたる都市政策とも深く関係し、持続可能な社会の実現に大きく貢献します。

本ガイドラインの目的

EVの急速な普及は、地域社会に大きな変化をもたらします。ガソリンスタンドや自動車整備工場などの業態は、大きな変革を迫られるでしょう。しかし、これは新たなビジネスチャンスでもあり、充電インフラ整備や電気自動車関連サービス、自動運転技術を活用したサービスなど、新たな産業が発展する可能性を秘めています。

地方自治体は、こうした変化を予見し、地域経済の活性化を図るために、例えば電気自動車関連産業の誘致や育成、地域住民への職業再教育・再訓練(リスキリング)の機会提供などに積極的に取り組むことで、地域経済の持続可能な発展に寄与することができます。

本ガイドラインは、地方自治体が地域の特性を踏まえて電気自動車普及戦略を策定し、持続可能な未来社会の実現に向けた取り組みを進めるための指針を提供するものです。ぜひ本ガイドラインを活用いただき、未来の持続可能なモビリティ社会の創造の一助となれば幸いです。

特定非営利活動法人 環境エネルギー政策研究所
所長 飯田哲也

要旨

概況

道路輸送は世界のCO2排出量の12%、日本の約18%を占める。化石燃料消費やCO2の削減には、電気自動車(EV、バッテリーのみとプラグインハイブリッドを含む)の普及拡大が欠かせない。
EVは世界全体の新車販売の16%(2023年)を占め、前年比30%増と増え続けている。2030年頃には世界の多くの国で、新車市場の半分を超えると見られているが、日本のEV普及率は3%前後(2024年現在)と遅れている。
EV普及に影響する要因は、EV車両(価格の高さや選択肢の少なさなど)、充電環境、そして一般消費者の認識が大きい。今後、EV車両価格は急速に安くなり、車種も広がってゆく見込みである。したがって、自治体の役割として、充電環境の整備一般消費者の認識向上が重要である。

自治体がEV普及を図る必要性

EV普及を進めるにあたり、自治体の役割として、地域住民の移動の権利の確保と、充電需要に対するインフラ整備の保証が重要な考え方となっている。
EVは世界のほとんどの地域でエンジン車よりも排出量削減になり、大気汚染も抑えられる。今後、再エネによる発電が拡大してゆくことと相まって、削減効果はさらに増してゆく。
EVは地域外への化石燃料購入費の流出を抑えることに繋がる。地産地消の再エネ発電と組合せれば域内経済にさらに貢献できる。また、急速に減少するガソリンスタンドに代わり地域で移動の権利を確保することが期待される。
EVが搭載する大容量蓄電池は、将来、モバイルバッテリーとして地域の防災で活用できる可能性が期待できる。
自治体のEV普及における役割は、①普及啓発・意識改革・学習機会の提供②政策形成・政策誘導③率先行動、そして④EV充電インフラ整備の4点である。

自治体がEV充電インフラ整備を進める上での役割

EV充電はガソリン給油と異なって駐車のついでにおこなうことが多く、その目的によって最適な充電速度や設置台数は大きく変わる。
EV充電の大半は「自宅や職場での充電」で「基礎充電」と呼ばれる。出かけた先の宿泊施設、商業施設などでの充電を「目的地充電」と呼ぶ。高速道路など幹線道路沿いでは、急速充電設備を一定の間隔や密度で整備する必要がある(経路充電)。
今後、EV普及が進み、車両の充電性能向上やEV大型車両も増えてくるため、その対応には高出力化複数口化を進める必要がある。

用語の定義

本ガイドラインでは、国際的に広く使われている以下の表記(電動車以外)で統一しています。

BEV(Battery Electric Vehicle) → バッテリーのみの電気自動車

HEV(Hybrid Electric Vehicle)→ ハイブリッド車

PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle)→ プラグインハイブリッド車

EV(Electric Vehicle)→ 電気自動車(BEVとPHEV)

FCEV(Fuel Cell Electric Vehicle)→ 燃料電池車

電動車 → EVにHEVやFCEVを加えたもの

EV普及に向けた自治体の役割

EV普及に向けた自治体の役割として、住民の「移動の権利」と「充電の保証」、普及啓発・意識改革・学習機会の提供、政策形成・政策誘導、率先行動の4つがあります。

住民の「移動の権利」と「充電の保証」

EV普及を進めるにあたり、自治体の役割として、地域住民の移動の権利の確保と、充電需要に対するインフラ整備の保証が重要な考え方となっています。

EVの普及は、気候政策や大気汚染防止といった環境政策にとどまらず、道路計画や公共交通など、多様な都市政策とも密接に関連しています。また、EV関連産業の誘致や育成、周辺施設の充実、充電インフラの整備による充電不安の解消といった対応を積極的におこなうことで、地域住民の利便性向上に寄与し、地域経済の活性化と持続可能な発展にも貢献することができます。

EV普及に向けた地方自治体の重要な役割としては、①普及啓発・意識改革・学習機会の提供、②政策形成・政策誘導、③率先行動、④EV充電インフラ整備の4点が考えられます。

普及啓発・意識改革・学習機会の提供

EV普及は始まったばかりですが、これからの市民の日常生活や職業・雇用へ大きな影響が予想されます。一般市民や事業者、自治体内部でも、未だに基本的な知識に乏しく間違った情報の拡がりも見られます。そのため地方自治体には、市民や事業者に対して普及啓発や意識改革のための学習機会、信頼できる情報源や専門家、EV関連事業者へのアクセスの提供などが期待されます。

政策形成・政策誘導

EV普及促進に向けて、国だけでなく、地方自治体による政策形成や政策誘導も重要です。環境・都市整備・交通・産業などEV化に関連する部局横断で、導入拡大ビジョンや充電インフラ等の計画などを検討・策定し、これを市民や事業者に周知することが期待されます。国が用意しているさまざまな優遇・誘導政策、補助金、優遇税制の紹介や独自の補助金等の設定などの他、EV優先ゾーン・EV優先レーン・EV優先駐車場など、集合住宅・駐車場などへの充電器設置標準化とその支援施策等などの政策誘導など、さまざまな政策手段の導入可能性があります。

およそ10年前前後に、国の政策誘導もあって、全都道府県や政令指定都市などが一斉に「充電インフラビジョン」を導入しました。昨今のEV導入機運の盛り上がりもあって、経済産業省の充電インフラ整備促進に向けた指針策定(2023年10月)以降、岡山県、京都市、徳島県などがあらたに充電インフラビジョンを策定、公表しています。

京都市「電気自動車(EV)普及に向けた充電インフラ整備の取組方針」(2024年)徳島県「徳島県EV充電インフラ整備促進に向けた指針」(2024年)岡山県 「岡山県充電環境整備ビジョン」(2024年)

率先行動

自動車の購買者・ユーザーでもある地方自治体は、率先行動として、公用車EV化、公用EVのカーシェア、充電インフラへの公有地活用、公共交通(バス、タクシーなど)へのEV導入の働きかけなどがあります。

EV充電インフラ整備での自治体の役割

自治体がEV充電インフラ整備において果たせる役割は、以下のとおりいくつか考えられます。

土地の提供

自治体は、 EV充電インフラ設置のために、公有地を無償提供または有償で貸し出して整備を促進することができます。

所有者

自治体は、 EV充電インフラを自治体が自ら購入設置し、計画的に配置してゆくことができます。

運営者

自治体は、自らEV充電インフラを運営することができますが、ネットワーク化や課金などを考えると民間事業者に運営委託することが一般的です。

計画とゾーニング

自治体は、 EV充電インフラの整備を短中長期で計画し、これを地域における土地利用に割り当てることができます。

制度づくりと規制

自治体は、 EV充電インフラの整備促進のための制度や適切に立地・運営されるための規制をおこなうことも必要です。

公用車のための充電インフラ

自治体は、さまざまな公用車を利用しており、そのEV化を促進するためには、そのためのEV充電インフラも計画・整備する必要があります。

海外からの教訓

先行して取り組みを進めている海外のEV普及の経験から1Aaron Fishbone, et.al., 2017 “Electric Vehicle Charging Infrastructure : Guidelines for Cities、自治体がEV充電インフラの整備に取り組む上で、以下のような教訓が導き出されています。

1

地域社会に模範的な例を示すこと

地域社会の交通手段をより健康的でクリーンなものにするための政治的意思を醸成する。
2

都市でのEV利用のメリットを明確に伝えること

議論をリードし、市民と学び、交通の電化を支持する政治・行政のリーダーの役割は、もっとも重要で意義のある仕事のひとつである。
3

数少なくても迅速に試みること

完全な充電ネットワークの完璧な計画を待つ必要はない。あなたの街に充電ポイントをひとつ設置するだけでも、それを運用することで非常に多くの貴重な知識と経験を得ることができる。
4

行政組織内の連携と能力を高めること

行政組織の中で電動モビリティの責任を明確に定め、できればEV展開の問題を調整する担当者や部署を定めるべきである。
5

専門家との議論をあらゆるレベルで活性化すること

行政内部で、また外部でも、この分野に積極的な民間企業や他の経験豊富な自治体と協力する。後発の自治体は、比較可能な都市の主要なベンチマークを目指して努力することができ、経験豊富な自治体は、EV市場の発展に合わせて新たなベンチマークを設定し続けることができる。
6

充電インフラ導入の調整に積極的に参加すること

ボトルネックを回避するためには、EVの増加に合わせた充電インフラの整備がきわめて重要である。充電需要が急速に拡大する人口密集地では、充電サービスを提供する民間企業、配電システム運用者、市当局、建設会社などとの連携が、円滑かつ効果的なインフラ展開に不可欠である。
7

スマート化を目指すこと

インフラを選ぶ際には、充電器の状態や使用状況のモニタリング、利用者への請求、予約の許可など、さまざまなことができるIT機能を備えた、スマートでネットワーク化された充電器を選ぼう。
8

孤立したソリューションを構築してはならない

モビリティ(移動性)が重要であり、それは都市の境界線に限定することはできない。観光客も地元住民と同じように、インフラにスムーズかつ簡単にアクセスし、利用できる必要がある。相互運用可能で、標準化されたソリューションを使用し、全国的または国際的に運営されているパートナーと協力するインフラの開発を奨励する。
9

デザインを重視すること

充電ステーションのデザインが悪いと、EVの普及を促進するどころか、むしろ抑止してしまう可能性がある。優れた充電ステーションのデザインは、視認性が高く、アクセスしやすく、居心地が良く、他の車両に邪魔されにくい。このような特徴をEV充電ステーションの規制や計画に取り入れることで、EV普及を確実に前進させることができる。
10

充電サービス提供の根本的な経済性を理解すること

適切な規制、支援、資金調達スキームを設定し、あるいはインフラ展開に効果的に関与するためには、これらのサービスの経済性の原動力が何であるかを理解する必要がある。