Skip to main content

気候危機への対応や経済的メリットから、世界的に自動車の電動化が加速しています。ゼロエミッション車(ZEV)として普及が進む一方、プラグインハイブリッド車(PHEV)の実際の環境性能に疑問の声も上がっています。本稿では、PHEVに関する国際的な評価や政策動向を踏まえ、日本の政策への示唆を探ります。

Research and Text: Yu Takaku / Editing: Shota Furuya

BEVとPHEVの違い

BEV(Battery Electric Vehicle、バッテリー式電気自動車)PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle、プラグインハイブリッド車)は、どちらも電気を動力源としますが、駆動方式やエネルギーの供給方法に違いがあります。

BEV は完全にバッテリーの電力のみで走行し、内燃機関を持ちません。充電インフラの整備が必要ですが、走行中のCO₂排出はゼロになります。

PHEV は、バッテリーとガソリンなどの内燃機関を併用します。充電すれば電動走行が可能ですが、充電しない場合は通常のハイブリッド車(HEV)と同様にガソリンで走行します。

PHEVのCO₂排出量に関する評価

PHEVのCO₂排出量は、利用者の走行パターンや充電頻度、走行モードによって大きく変化します。そのため、試験環境での測定値と実際の使用時の排出量に乖離があることが指摘されています。ここでは、特に欧米を中心に影響力のある2つの国際的な研究機関のレポートを参照します。

1. T&Eレポート

レポート「プラグインハイブリッド2.0 」/T&E (2022), “Plug-in hybrids 2.0: A dangerous distraction, not a climate solution.

T&E(Transport & Environment)は、欧州を拠点とする環境NGOであり、交通分野における持続可能性の向上を目指して活動する団体です。30年以上にわたり、欧州の環境政策に影響を与えており、EUの排出規制や車両基準の策定などに深く関与してきました。科学的根拠に基づいた提言やロビー活動を通じて、持続可能な交通システムの実現を目指しています。

T&Eは2022年、グラーツ工科大学(オーストリア)と協力して、BMW 3シリーズ、Peugeot 308、Renault Meganeの3つの新型PHEVを対象に実地走行試験を実施しました。その結果、公式の試験値とは大きく異なる実態が明らかになりました。主な調査結果は以下の通りです。

PHEVの実際のCO₂排出量は公式値の約3倍にのぼる

多くのPHEVは、実際の走行時に排出するCO₂量が公式試験値(WLTP基準)の約3倍にも達していることが判明しました。これは、公式テストがフル充電された状態で短距離運転を想定しておこなわれているのに対し、実際の使用では充電されていない状態や長距離走行が頻繁にあるため、内燃エンジンの稼働時間が増えることが主な原因です。その結果、PHEVは実質的に従来の内燃機関車に近い排出パターンになっています。

充電されていない場合、市街地走行時のCO₂排出量は公式値の5~7倍

PHEVを充電しない状態で都市部を走行した場合、そのCO₂排出量は公式値の5〜7倍に及ぶことが示されました。このような使われ方は特に業務用車両や法人用途で頻繁に見られ、PHEVの環境価値を大きく損なっています。

満充電のバッテリーで通勤した場合でも、CO₂排出量は公式値の1.2~3倍

PHEVが満充電の状態で短距離通勤に使われたとしても、公式テスト条件よりはるかに多くのCO₂を排出する傾向が見られました。具体的には、通勤のような日常走行においても排出量は公式値の1.2〜3倍に達することがあるとされています。これは冷暖房の使用、交通渋滞、加減速の繰り返しなど、実生活の運転条件が公式テストの環境とは大きく異なるためです。

電動走行距離がカタログ値より大幅に短い

新型PHEVの中には、EVモードの航続距離を大幅に伸ばしたとされるモデルもありますが、実走行データではその性能が十分に発揮されていないことが分かりました。たとえばBMWの市街地走行時の電気走行距離は、カタログ値よりも26%短く、Peugeotに至っては47%も短かったという結果が出ています。このように、EVモードの航続距離に関するメーカー公表値は、現実の運転条件では過大評価されている可能性があります。

T&Eはこのレポートにおいて、PHEVは「危険なごまかし(dangerous distraction)」であり、真の脱炭素化にはつながらないと強く主張しています。

2. ICCTレポート

レポート「アメリカ合衆国におけるPHEVの実際の使用状況」/ICCT (2022), “Real-world usage of plug-in hybrid vehicles in the United States.

ICCT(International Council on Clean Transportation)は、交通分野の環境負荷削減を目指す独立系非営利の研究機関です。2001年に設立され、本部はワシントンD.C.にあり、欧州やアジアにも拠点をもっています。科学的なデータと分析に基づいた政策提言をおこない、フォルクスワーゲンの排出不正「ディーゼルゲート」の発覚にも貢献した実績があります。

ICCTは2022年、米国におけるPHEVの実際の使用状況を調査するために、Fuelly.comとカリフォルニア州自動車修理局(BAR)の実走行データを用いて分析をおこないました。その結果、米国環境保護庁(EPA)ラベル値と現実の走行・排出パターンとの間に大きな乖離があることが明らかになりました。主な調査結果には以下の通りです。

PHEVの実際の燃料消費量はEPAの公称値より42〜67%多い

実際の走行時におけるPHEVの燃料消費量は、EPAが公表する試験値よりも42〜67%多いことが判明しました。これは、想定よりも電動走行の頻度が低く、内燃エンジンによる走行時間が増加していることが主な原因です。その結果、PHEVは従来の内燃機関車に近い燃料使用パターンとなっています。

実際の電動走行率は公称値より26〜56%低い

EPAが算出する電動走行比率に対し、実使用データでは26〜56%も低い値が示されました。下図は、黒線がEPAラベルにおける電動走行比率の公称値から導出された曲線を示しており、青線がFuelly、オレンジ線がBARにおける実走行データに基づく電動走行比率の曲線を示しています。実走行データに基づく曲線は、いずれも公称値を下回っています。

これは、ユーザーが頻繁に充電をおこなっていないことや、PHEVの設計上、バッテリーに蓄えた電力を主に使って走行するモードでもエンジンが稼働していることなどが要因です。

カリフォルニア州BAR(全電動走行割合の直接測定に基づく)および Fuelly(燃料消費量から算出)のデータセットに基づき算出された電動走行比率と、調整済み電動走行比率曲線/出典:ICCT(2022)

十分に充電されていない状態では排出量がさらに増加

PHEVが充電されないまま使用された場合、特に都市部など短距離・低速走行が多い環境では、エンジン駆動に大きく依存することになり、CO₂排出量が大きく増加します。これは業務用車両などで顕著です。

車種による差異が大きく、一部ではバッテリー走行モードでも頻繁にエンジンが作動

車両によっては、バッテリーに蓄えた電力を主に使って走行するモードでも、EV走行があまりおこなわれず、エンジンが積極的に作動している例が見られました。このような車両では、電動走行の利点がほとんど活かされていません。

ICCTはレポートで、PHEVが理論上の低排出性能に反して、実際の使用環境ではその恩恵が限定的であると指摘しています。真の脱炭素化に向けては、PHEVの利用実態に即した規制・制度設計が必要であり、現行のEPAラベル値の見直しや、より現実的な使用データに基づく政策判断が求められるとしています。

共通する見解

T&EとICCTのレポートはそれぞれ異なる手法とデータに基づいていますが、「PHEVはゼロエミッション車ではない」という点で共通しています。また、両機関とも、PHEVへの過大な期待は危険であり、政策の見直しが必要であるとしています。

まとめ

多くの国々では、当初PHEVをゼロエミッション車(ZEV)への「橋渡し」として評価し、導入促進のための支援策を講じてきました。しかし、近年ではPHEVの実際のCO₂排出量が予想よりも高いことが明らかになり、政策の見直しが進んでいます。

欧州連合(EU)では実走行時におけるPHEVの排出量が化石燃料車と大差ないという公式報告を根拠にしてZEVには含めていません。また、米国、中国、英国などでは一定距離を完全に電気モードで走行でき、排出ゼロが達成される場合にZEVに含まれることがありますが、一部の地域(コロラド州、オレゴン州など)では、PHEVの税制優遇が縮小・廃止されつつあります。

日本政府は、2035年までに新車販売をすべて「電動車」にするという方針を掲げていますが、この「電動車」にはバッテリー電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、ハイブリッド車(HEV)、燃料電池電気自動車(FCEV)のすべてが含まれます。日本では電動車として推進が推奨されているHEVは、日本を除いて国際的にはゼロエミッション車(ZEV)には含まれていません。

さらに近年では、今回の2つのレポートで概観したように、PHEVは国際的な調査や政策動向において、環境にやさしい選択肢と見なされている一方で、実際の使用状況によっては期待された排出削減効果が得られない可能性があることが強調されており、その扱いについて慎重な姿勢が見られるようになっています。

こうした国際的な動きを踏まえ、日本においても実態に即した制度設計と、長期的な視野に立った戦略の構築が求められています。BEVの普及を支えるインフラ整備や制度の充実に加え、HEVのみならずPHEVに対する政策のあり方についても、再検討すべき時期に来ていると言えるでしょう。

参考