ゼロエミッション車(ZEV)の普及は、気候変動対策における重要な取り組みのひとつです。温室効果ガス削減が求められる中、各国でZEV規制が導入され、英国では2024年から、カリフォルニア州では2026年からいよいよ実施と、自動車分野の脱炭素化が大きく進もうとしています。本稿では、ZEV規制の定義や背景、各国の取り組みを整理するとともに、日本の現状と課題を考察します。
Research and Text: Yu Takaku / Editing: Shota Furuya and Tetsunari Iida
ZEV規制の定義
ZEV規制とは、新車販売台数の一定の割合をZEV化するように義務付ける規制枠組みです。ZEVとは、走行時に二酸化炭素などの排出ガスを出さない車両を指します。具体的には、以下がZEVに該当します。
なお、プラグインではないハイブリッド車(HEV)は、日本を除いて、国際的にZEVには含まれません。HEVは常にエンジンを補助的に使用し、完全にはCO2を排出しない走行ができないため、HEVはZEV規制の対象外となる車両に区分されています。
ZEV規制の変遷
ZEV規制は、排出ガス削減と電動車両の普及を促進するため、カリフォルニア州を中心に推進されてきました。カリフォルニア州のZEV規制はその厳しい基準によって、他州や他国にも大きな影響を与えています。以下に、カリフォルニア州を中心に推進されてきたZEV規制の変遷を概観します。
1990年代:カリフォルニア州の先駆的な取り組み
1990年、カリフォルニア州は初めてZEV規制を導入しました。カリフォルニア大気資源局(CARB)が環境汚染対策の一環として、新車販売の一定割合をZEVとする目標を設定しました。初期の目標は、2001年までに新車販売の10%をゼロエミッション車両にすることでしたが、技術的課題や市場の状況などにより困難をともないました。
さらに、1990年のカリフォルニア州の目標はEVとFCEVのみが対象でしたが、技術的な課題やメーカーからの反発を受けて、1996年にはPHEVや低排出ガス車(LEV)も対象に含まれるようになり、ZEV規制の範囲が柔軟化されました。
2000年代:目標の引き上げとアメリカの各州での広がり
カリフォルニア州では、2001年に規制が一時的に緩和されましたが、その後、2003年、2008年、2011年と徐々に目標が引き上げられていきました。このようなカリフォルニア州の動きを受けて、アメリカでは、ニューヨーク州をはじめ、マサチューセッツ州、メリーランド州、オレゴン州、ワシントン州など、カリフォルニア州のZEV規制を追随する州が増加しました。
また、EU諸国では自動車メーカーを対象として、車両の排出基準(Euro規制)が厳格化され、ZEVそのものを推進する規制ではないものの、ヨーロッパにおいても低炭素車の普及に向けた動きが進展しました。
2010年代:技術革新と国際的な規制の広がり
2010年代に入り、バッテリー技術が大幅に進歩し、リチウムイオンバッテリーの性能向上とコスト削減が進みました。さらに、テスラなどの新たな企業が台頭し、高性能なEVの普及を後押ししました。このような技術革新により、EV市場は急速に拡大し、既存の内燃機関車(ICE)と競合するレベルにまでコストが低下しました。
さらに、2017年には中国が「新エネルギー車(NEV)」政策の一環としてZEV規制の導入を推進しはじめました。これにより、補助金や規制を活用してEV産業のリーダーシップを確立していきます。
2020年代:100%ZEVの世界な規制の広がり
2020年、カリフォルニア州はそれまでのZEV規制目標をさらに引き上げ、2035年までに新車販売の100%をZEVとする目標を設定しました。この目標は、世界ではじめて打ち出された「100%ZEV」という大胆な目標であり、ZEV規制における重要な転換点となりました。
さらに、2022年には、EUが2035年までにすべての新車をゼロエミッション化する方針に合意しました。これにより、欧州でもより高い目標が設定されることになります。このように、カリフォルニア州のイニシアティブを欧州がフォローするかたちで、高い目標のZEV規制が採用されはじめており、2020年代後半には、こうした動きが世界に広がっていくことが予想されます。
日本では、当時の菅総理大臣が2021年の施政方針演説において、「2035年までに新車販売で電動車100%を実現する」ことを宣言しました。 ただし、日本の目標は、ZEVやBEVではなく「電動車」という用語で定義してBEV(やPHEV)だけでなく、本来なら化石燃料車に分類されるべきHEVを含めています。ここには、日本の自動車産業界との政治的な妥協が伺えます。
ZEV規制の内容
ZEV規制は、カリフォルニア州のものがもっとも有名ですが、他国でも同様にZEVの割合を増加させ、ICEを段階的に廃止していくための政策が採用されはじめています。主な政策として、カリフォルニア州、イギリス、EUの取り組みを見ていきましょう。
カリフォルニア州 / ZEV規制
カリフォルニア州の「ZEV規制(Zero Emission Vehicle Regulation)」では、1年後の2026年までに新車販売の35%、2030年までに68%、2035年までに州内で販売されるすべての新車をZEVにする方針が示されています。自動車メーカーには、これらの数値を達成する義務が課せられ、達成できない場合は、他社からZEVクレジットを購入するか罰金を支払う必要があります。
ZEVクレジットは、自動車メーカーがZEVを販売することによって得られるポイントであり、得られるクレジットの数はZEVの種類や航続距離によって異なります。このクレジット制度は、各自動車メーカーにZEVの販売促進を促すインセンティブとなっています。
また、ZEVクレジットに関する情報は、州が運営する「年次ZEVクレジット開示ダッシュボード」から1台単位でデータが整理されており、誰でも各メーカーの販売台数やクレジット移転台数などを見ることができる。
カリフォルニア州のZEV規制は世界でもっとも厳しい基準ですが、アメリカ国内では、このZEV規制を採用する州が徐々に増加しています(後述)。
イギリス / 自動車排出量取引制度
イギリスでは、2024年1月に「自動車排出量取引制度(Vehicle Emission Trading Scheme Order 2023)」が開始されました。この制度では、ZEVの販売比率が毎年設定されています。2024年には22%、2025年には28%、2026年には33%、2027年には38%、2028年には52%、2029年には66%、2030年には80%、最終的には2035年に100%を目標としています。
イギリスの制度では、カリフォルニア州のZEV規制と同様に、罰金とクレジット制度が導入されています。
はじめに、自動車メーカーには年間目標の達成に向けた排出枠(Registration Trading Scheme Allowance, RTS割当量)が割り当てられ、ZEV 販売目標を達成した場合、罰金は発生しません。
自社でZEV販売目標を達成できない場合、他のメーカーから余剰のRTS割当量を購入する、もしくはRTSクレジット2 救急車や車椅子対応車など特別用途車やカーシェアリング専用のZEVを製造することで取得できる。を使うことで目標達成の手段に代えることができます(トレーディング)。
各社は、バンキング3 目標台数を上回るZEVを販売して超過達成したメーカーは、3年以内に将来使用するためにRTS割当量を保持することができる。や、ボローイング4 ZEVの販売台数が目標台数より少ないメーカーは、将来のRTS割当量を段階的に借りることができる。といった方法も使うことができるため、目標達成手段には柔軟性が与えられています。
上記の手段をもってしても目標を達成できなかった場合、メーカーは1台あたり15,000 ポンドの罰金を支払う必要があります(バン車両については18,000 ポンド5ただし、2024年は9,000ポンド)。
EU / 新規乗用車および小型商用車向けCO2排出性能基準
2022年に、EUでは2035年までにすべての新車をZEV化することが合意され(CO2 Emission Performance Standards for New Passenger Cars and Light Commercial Vehicles)、EU各国でもZEV化に向けた取り組みが進んでいます。前述のとおり、EUではPHEVは対象外で、FCEVや合成燃料はほとんど普及は見込まれていないため、事実上、BEVのみと考えてよいと思われます。EUの制度では、5年ごとにCO2排出量の目標が定められています。
- 2020〜2024年:乗用車 95 g CO2/km、バン 147 g CO2/km、
- 2025〜2029年:乗用車 6 g CO2/km、バン 153.9 g CO2/km
- 2030〜2034年:乗用車 5 g CO2/km、バン 90.6 g CO2/km
- 2035年にはすべての新車登録車両に対してゼロエミッション(0 g CO2/km)
目標を達成できない自動車メーカーには、排出量1g超過ごとに車両1台あたり95ユーロの罰金が科されます。これは大量生産メーカーに大きな経済的影響を及ぼします。
以上のように、各国ではZEV推進のための制度が導入され、単純な数値目標だけでなく、目標が達成されなかった場合には、自動車メーカーに罰則が課されたり、クレジットの活用が定められています。また、自動車メーカーだけがZEV推進を担っているのではなく、目標を推進するために、自動車ユーザーへの優遇措置や充電インフラ導入の推進など、複合的な施策が推進されています。
世界のZEV規制の制定状況
上記で述べたカリフォルニア州、イギリス、EUのように、段階的に内燃機関車を廃止しZEVを増加させるための制度や目標を設定する国や地域が増えています。
以下に、主要な国や地域のZEVに関する制度とその目標を示した地図と一覧表を示します。本稿では、乗用車・バンに関する制度のみを示しましたが、バスやトラックなどにも同様の制度が定められている国や地域もあります。
新車販売におけるZEV比率100%の公式な目標がある政府(2024年5月現在)
備考
* 新しいバッテリー電動車(BEVs)、燃料電池車(FCEVs)、およびプラグインハイブリッド車(PHEVs)の販売または登録のみを許可する目標を設定した国や州。日本のようにハイブリッド車(HEVs)やマイルドハイブリッド車(MHEVs)を含む誓約がある国は除外される。
** カナダおよびカナダのブリティッシュコロンビア州とケベック州は2035年の目標を実施する規制を持っており、カリフォルニア、コロンビア特別区、メリーランド州、マサチューセッツ州、ニュージャージー州、ニューヨーク州、オレゴン州、ロードアイランド州、バーモント州、バージニア州、ワシントン州も同様に2035年の目標を設定している。欧州連合(EU)も2035年の目標を実施する規制を持ち、欧州経済領域(EEA)の加盟国である27のEU加盟国と、EEA共同委員会による採択を待っているアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーを含む一部またはすべての欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国にも適用される。ノルウェーは2025年の導入目標を設定しており、オーストリア、デンマーク、ギリシャ、アイスランド、オランダ、スロベニアは2030年の導入目標を設定しているが、これらは法的拘束力はない。
*** ゼロエミッション車(ZEV)宣言の署名国は、主要市場で2035年までに導入目標を設定し、2040年までに世界的に導入することを定めている。
**** ゼロエミッション車(ZEV)宣言の署名国は、ゼロエミッション車の普及と採用の加速に向けて集中的に取り組むことを約束している。
各政府のZEV政策の概要
備考
※ オーストリア、アゼルバイジャン、ベルギー、カナダ、カーボベルデ、チリ、クロアチア、キプロス、デンマーク、エルサルバドル、フィンランド、フランス、ギリシャ、アイスランド、アイルランド、イスラエル、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、スロベニア、スペイン、スウェーデン、教皇庁、イギリス、ウルグアイ,アルメニア、コロンビア、コスタリカ、ドミニカ共和国、ガーナ、インド、ケニア、メキシコ、モロッコ、ナイジェリア、パラグアイ、ルワンダ、トルコ、ウクライナ
ZEV規制を採用している国や地域には、カルフォルニア州を含むアメリカの13州やイギリスがあります。カルフォルニア州のZEV規制を採用している州は「カリフォルニア準拠州」と呼ばれ、2035年までに乗用車販売に占めるEVシェアを100%、PHEVのシェアを最大20%にすることが定められ、規制強化に向けて共同で取り組みがおこなわれています。
現在は、カナダのブリティッシュ・コロンビア州も施行に向けた動きが進められているなど、カルフォルニア州の規制を採用する地域は増加しています。
イギリスでも、カルフォルニア州のようにZEV規制が採用され、1年ごとの販売台数に占めるZEV割合の目標が設定され、2030年までに70%にすることが定められています。
さらに、内燃機関車の段階的廃止目標は50近くの国や地域で定められています。そのなかでもEU、カナダ、ベトナム、アイルランドの段階的廃止目標は、単なる宣言ではなく政府によって公式に承認されたものです。
EUでは、2035年までにCO2排出量ゼロの乗用車・バンの販売率を100%にすることが定められています。またカナダにおいても、新車におけるEV販売比率が毎年定められており、2035年までに100%を達成することが掲げられています。
ベトナムでは、2040年までに、化石燃料を使用した自動車やオートバイの生産、組み立て、輸入を停止することが目標とされています。目標年は2040年と少し遅めではありますが、オートバイまで対象であることが特徴的です。
アイルランドでは、2030年までに新車乗用車販売に占めるEVの割合を<100%にすることだけでなく、乗用車の在庫目標や大型車販売、公共バスの目標も設定されています。
このように、目標の内容は各国で異なりますが、多くの国や地域で2030〜2050年にZEVの販売比率を100%にすることが掲げられ、目標に向けた取り組みが推進されていることがわかります。
日本におけるZEV推進の課題
世界の動向に合わせて、日本でもZEVの推進がはじまっていますが、各国の動向を踏まえると、いくつか課題が浮かび上がります。
まず、日本のZEV推進には、ハイブリッド車(HEV)が含まれるという点です。HEVは燃費性能の良さと価格の手ごろさから国内では非常に普及していますが、日本以外のほぼすべての国や地域におけるZEV目標にはHEVは含まれていません。HEVを含む現在の政策は、世界のZEV政策の主流とは異なるため、世界基準のZEV普及のためには、政策や消費者意識の大きな転換が求められます。
次に、法的拘束力をもった明確な目標がないという点があげられます。日本政府は「2035年までに新車販売をすべて電動車にする」という目標を掲げていますが、これはあくまで努力目標であり、なんらかの法的拘束力をもったものではありません。ZEVの推進は大気汚染対策や気候変動対策などの環境的側面だけでなく、化石燃料使用削減によるエネルギー安全保障対策としての側面もあり、本稿で世界の国や地域の動向から見てきたように、野心的な中長期的目標を法的に設定し、着実に取り組みを進めていくべき政策領域です。
3つ目に、日本には自動車メーカーに対し、ZEVの販売割合を義務付ける規制が存在しない点が課題であるといえます。メーカーは自主的に電動化を進めていますが、法的な目標や目標達成に向けたロードマップがないことは、業界や消費者の投資意思決定に不安を与える原因になると考えられます。本格的なZEV推進には、ZEV販売割合の義務化など、より強力な措置が求められるでしょう。
欧州や北米を中心に、世界各国のZEV規制が厳格化する中で、現状の日本の基準は相対的に緩やかだといえます。劇的に変化する自動車の脱炭素化に関する世界の動きを注視し、日本での取り組みを推進していく必要があると考えられます6日本の環境エネルギー政策の歴史を振り返ると、産業界の自主的行動に対策が委ねられ、国内事情のみにもとづいて、国際的な政策動向からかけ離れた政策がとられる傾向があり、ZEV規制においても同様のことが繰り返される可能性がある。。
- 1European Commission 18 March 2024, “First Commission report on real-world CO2 emissions of cars and vans using data from on-board fuel consumption monitoring devices”.
- 2救急車や車椅子対応車など特別用途車やカーシェアリング専用のZEVを製造することで取得できる。
- 3目標台数を上回るZEVを販売して超過達成したメーカーは、3年以内に将来使用するためにRTS割当量を保持することができる。
- 4ZEVの販売台数が目標台数より少ないメーカーは、将来のRTS割当量を段階的に借りることができる。
- 5ただし、2024年は9,000ポンド
- 6日本の環境エネルギー政策の歴史を振り返ると、産業界の自主的行動に対策が委ねられ、国内事情のみにもとづいて、国際的な政策動向からかけ離れた政策がとられる傾向があり、ZEV規制においても同様のことが繰り返される可能性がある。