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電気自動車(以下、EV)の所有者が安心して充電できる環境を整備することは、さらなるEVの普及を進めていく上で欠かせない要素です。本稿では、住民の「充電の権利」を確保するための方策のひとつである各国の「充電の権利法(Right to charge law)」の内容とその国際的な広がりについて概観します。

Research and Text: Yu Takaku / Editing: Shota Furuya

自宅での充電設備の必要性

EVは、エンジン車の給油に比べて充電の時間が必要です。しかし、EVは駐車させている時間に充電できることが特徴であり、自宅に帰宅してから翌朝家を出るまでの間に、手軽に充電することができます。このように自宅に充電設備が設置されている場合、日常的に充電のために特別な時間を割く必要がなく、利便性が大幅に向上します。

全米の中でもゼロエミッション車(ZEV)の普及に力を入れていることで知られているカリフォルニア州では、EV普及初期の2017年に、EV所有者がどこで充電しているかという調査がおこなわれました。この結果、88%が自宅での充電をおこなっており1 Eleftheria Kontou (2023) “Right-to-charge laws bring the promise of EVs to apartments, condos and rentals” The Conversation. 、自宅の充電設備がEV利用者の日常生活に不可欠であることが示されました。一方、職場や公共の充電施設の利用率はそれぞれ24%と17%にとどまっており、自宅以外の施設は補完的な役割にとどまっていることがわかります。

このような自宅での充電環境の重要性は、カリフォルニア州に限らず、その他の国でも示されています。ノルウェーは世界でもっともEV普及が進んでいる国であり、新車販売に占めるEVの割合は90%を超えますが、メキシコではわずか2%未満です。しかし、自宅で充電していると報告されているEV所有者の割合は、それぞれ82%71%2 IEA (2024) “Trends in electric vehicle charging” Global EV Outlook 2024.   、どちらも高い割合であり、自宅での充電環境の整備がEV普及にきわめて重要であることがわかります。

自宅の充電設置における課題

自宅が自己所有の戸建て住宅である場合、充電設備を設置することは比較的簡単です。しかし、集合住宅や賃貸住宅では、充電設備の設置が容易ではない場合が多々あります。たとえば、集合住宅や賃貸住宅に住んでいる場合、居住者がEV充電設備の設置を希望しても、管理組合や賃貸オーナーから設置の許可が得られないことや、管理組合内での合意形成に時間がかかることがあります。また、設置場所の駐車場の配置、建物の設計、所有形態などにより、設置方法が異なります。さらに、充電設備の設置や配線工事などにかかる初期費用や、運用・維持にかかる費用の負担者が不明確であることも課題です。

このような集合住宅や賃貸住宅での充電設備の設置に関する課題に対処するために、欧米では「充電の権利法(Right to charge law、Right to plug law)」という新たな法律制定の動きが広がっています。

「充電の権利法」の概要

充電の権利法は、EV所有者が特定の条件下で自宅における充電設備の設置・利用する権利を保障する法律であり、集合住宅や賃貸住宅の住民が充電設備を設置する際に、過度な制約を受けることを防ぐことを目的としています。

2024年8月現在、アメリカ合衆国の11の州をはじめ、ノルウェー、フランス、スペインなどのヨーロッパ諸国、およびEUにおいて、充電の権利法に関連する法令の制定が確認されました。

充電の権利法の内容は、各国や州によって異なる規定がありますが、基本的な枠組みは多くの共通点が見られます。主に、法律が適用される対象禁止事項禁止事項の例外設置条件などが含まれています。

対象者

主に、集合住宅の区分所有者に対して充電設備を設置する権利が保障されています。さらに、集合住宅の区分所有者に加えて、賃借人に対する権利を保障することが定められている国や州もあります。具体的には、アメリカ合衆国のカリフォルニア州、コロラド州、さらにフランスの法令において賃借人にも適用されています。賃借人に対して法令を適用することは、区分所有者に対する場合以上に技術的および法的な複雑さをともなうことが多いですが、幅広く適用することがきわめて重要です。

禁止事項

「禁止事項」は充電の権利法の根幹となる条項です。主に、いかなる契約書や制限事項があっても、一定の要件を満たす充電設備の設置または使用を実質的に禁止したり、不合理に制限したりする行為は無効であり、法的強制力を持たないことが記されています。また、賃貸物件においては、家主は一定の要件を満たす充電設備の設置要請を承認しなければならず、設置の料金を請求することはできないことが示されています。

禁止事項の例外

通常、禁止事項にはいくつかの例外があります。たとえば、設置に関する申請書の提出を求めることや、コストの大幅な増加や性能の著しい低下を引き起こさない限り、サイズや設置場所などに関して合理的な制限が設けられることが含まれています。さらに、賃借人に対して、電気代や設備の更新費用、追加の駐車スペースを確保するための料金などは請求する場合があります。

設置条件

充電設備の設置に際して、以下のような条件を設定することができます。

  • 安全基準および建築基準の遵守
  • 資格を持つ業者の利用
  • 保険の証明書の提供および保険の維持
  • 関連費用(電気使用料、設置、維持、修理、交換、撤去、修復、損害賠償)の支払い
  • 将来の購入者への責任の開示

「充電の権利法」の例

カリフォルニア州の事例

カリフォルニア州では、EVの充電インフラの普及や権利の保護において先進的な政策が打ち出されてきました。カリフォルニア州の法律では、集合住宅の所有者だけでなく、賃借人や所有者が指定された駐車場を持っていない場合でも、共用駐車場を利用して充電設備を設置できることが大きな特徴です。この措置によって、より多くの住民に権利が適用され、賃貸や共同住宅に住む場合でも自宅でのEV充電をおこなうことができます。また、設置にあたっては管理組合の承認が求められる場合がありますが、設置の申請から60日以内に管理組合からの承認が下りない場合は承認とみなすという期間の設定が設けられており、円滑に設置の手続きを進めることができます。

さらに、カリフォルニア州の政策には充電権の侵害に対する厳格な罰則も設けられています。意図的に権利を侵害した場合、違反者は実際に被った損害に対して責任を負うこととなり、さらに最大1,000ドルの民事罰金が科される可能性があります。加えて、違反が認められた場合、被害者は弁護士費用の請求権も持つことができます。

コロラド州の事例

コロラド州の政策では、序文に「電気自動車の普及は、すべてのコロラド州民にとってエネルギー効率と空気質の大幅な改善をもたらす可能性があり、可能な限り奨励されるべきである」と明記されており、政策の重要性が強調されています。また、コロラド州ではカリフォルニア州同様、集合住宅の所有者だけでなく賃借人も対象とされており、幅広い住民にEVを充電できる機会が保障されています。さらに、充電設備が集合住宅の区分所有者またはテナントの所有物であることが定められており、充電設備の所有権が明確にされています。

多くの州の充電の権利政策は、充電設備の設置や使用に関する障害を減らすことには役立っているものの、最低限の設置に関する障害をなくすことにとどまっています。コロラド州の政策では、障害を減らすだけでなく、集合住宅の管理組合に対して、住民やゲストのために充電設備を設置することが奨励されています。

その他のアメリカ合衆国の州

アメリカ合衆国では、カリフォルニア州やコロラド州以外にも、充電の権利法が制定されている州がいくつかあります。2010年代後半からはカリフォルニア州を皮切りに法整備が進み、2020年代に入ってからはEVの普及がさらに加速し、全米でこの法律の重要性が増している状況です。その結果、各州がそれぞれのニーズに応じた法整備を進めています。以下に、その一覧を示します。

※ 表右下の「View larger version」をクリックすることで拡大表示することができます。
アメリカ合衆国各州の充電の権利法一覧

ノルウェーの事例

ノルウェーは世界でもっともEVの普及が進んでいる国であり、1990年代から政府が積極的にその導入を支援しています。EV購入者には、税制優遇や都市部での無料駐車、優先レーンの使用許可など、さまざまな政策が打ち出されてきました。

充電の権利に関しては、2018年に「共同所有物件における区分所有者の充電の権利」が制定されました。この法律は、EVの普及を推進するため、NGOや環境団体からの圧力を受けた議会が、政府に対しておこなった請願が契機となり、2017年に既存法の改正として成立しました。これにより、区分所有者は管理組合の同意を得ることで、自身の専用駐車スペースや管理組合が指定する場所に充電設備を設置する法的権利を持つことが認められました。管理組合は、合理的な理由がある場合に限り、同意を拒否することができます。

さらに、2020年には「住宅コミュニティにおける区分所有者の充電の権利」が新たに制定され、従来の法律における権利がさらに拡大されました。これにより、区分所有者が専用の駐車スペースを持たない場合でも、住宅コミュニティ内で充電設備の設置・利用を要求する権利が保障されました。

フランスの事例

フランスでは、2012年から新築の建物には駐車スペースに一定数の充電設備を設置する義務が課されました。これにより、新たに建設される住宅や商業ビルには、EVの充電設備が整備されるようになりました。しかし、既存の建物に対する充電インフラの整備は進んでいない場合が多く、2021年1月1日に「droit à la prise(right to plug)」が導入されました。

この法律は、賃借人、駐車スペースの所有者、区分所有者、およびマンション管理組合の管理者が対象となり、充電設備の設置を自費でおこなう権利が与えられています。所有者は、正当な理由がない限り、設置に反対することはできません。

EU

EUは「建築物のエネルギー性能指令(Energy Performance Building Directive, EPBD)」の中で、充電の権利(Right to Plug)を制定しました。この指令は2024年5月に発効され、EU加盟国は2026年5月30日までに国内法として実施する必要があります。

この指令では、新築および既存の住宅や商業施設におけるEV充電設備の設置手続きを簡素化および迅速化することが求められています。具体的には、(1)充電設備を設置するためには共同所有者への通知のみで十分とし、承認は不要とすること、(2)共同所有者が設置を拒否できる「正当な理由」の定義、(3)管理組合が承認するための明確な手続きとタイムラインを定めることなどが求められています。この指令によって、EUの各国で自宅用充電設備の設置のための制度制定が急速に広まると考えられます。

まとめ

本稿では、各地域の充電の権利法の内容について解説しました。アメリカの各州やヨーロッパ諸国では、EVの普及にともない、充電の権利法の制定が進んでいます。EU加盟国では、法律の制定が義務付けられており、今後、さらに多くの国で法整備が広がると考えられます。

充電の権利法の基本的な内容は、集合住宅の居住者に対して、EV充電設備設置への不当な拒否を防ぐことです。集合住宅の所有者だけではなく、賃借人など幅広い対象に制度を適用していくことが重要であり、また、承認プロセスに期限を設定して迅速に設置がおこなうことができるようにすることや、充電設備の所有や保障、費用負担などの責任の所在を明確にすることも有効な内容だと考えられます。

日本においてEVの普及を促進するには、自宅での充電設備の整備が急務です。しかし現状では、集合住宅に充電設備が設置されているケースは少なく、近年では住民が充電設備の設置を希望しても、合意形成が難航する事例が増えています。

欧米とは異なる日本の住宅制度や価値観を十分に考慮する必要がありますが、今後は日本においても、欧米での「充電の権利法」のように、集合住宅での充電設備設置を保証する制度を検討する必要があると考えられます。

参考文献